FORZA!!ザスパクサツ群馬 > 【蹴球書評】サッカーがやってきた〜ザスパ草津という実験〜
2015年01月28日

【蹴球書評】サッカーがやってきた〜ザスパ草津という実験〜





◆内容(「BOOK」データベースより)
なぜ人口七八〇〇の小さな町で、人々はサッカーに夢を追ったのか。昨年、Jスピード昇格と「温泉で働く選手」で話題を集めたザスパ草津だが、その裏には、熱に冒されたように走り、悩み、愛情を深めた選手や町の人々の姿があった。JFL時代から取材を重ねてきた著者が、昇格までの軌跡を辿りつつ、再び盛り上がり始めたJリーグの「あるべき姿」を問う。



◆ザスパが好きな人は勿論、そうでない方にも是非とも一読して頂きたい本

この本では、いかにしてザスパ草津というクラブが誕生したのか、その創世記を知ることができます。

タイトル通り、草津町に「サッカーがやってきた」当時のことが、色々な方の話から窺い知ることができる貴重な一冊です。

色々な方というのは、ザスパ草津の前身であるリエゾン草津に深く関わった飯島親子であったり、賢持宏明や植木繁晴、大西忠男といった“ザスパの生みの親”の面々。

また、文字通りゼロから応援を作り上げたサポーターの方達や、当初はボランティアで運営されていたファンクラブの元会長の談話も紹介されています。

これらの方達以外にも、当時の“草津の顔”として紹介されている奥野僚右であったり、元日本代表の小島伸幸といった選手たちの話もあり、その当時の様子を伺い知るには実に充実した内容となっていると思います。

出版は、今から約10年前の2005年。

ザスパがいかにして草津の人たちと共に築き上げられたのか、隣県の長野市より遠い前橋市に本拠地を移した理由、JFL時代に1万4千弱もの観客を動員したことなど、今現在ザスパをサポートしている方も、もしかしたら知らないようなエピソードが、たくさん綴られています。

もし、ザスパに興味がなかったとしても、この本でザスパ草津というクラブの軌跡を垣間見て頂ければ、「草津のチームでしょ」と簡単に切り捨てるのではなく、地元にJリーグのクラブがあるという恩恵に、目を向けてもらえるのではないかと思います。



◆ザスパ創世記を知る事の意味

誤解のないように先に申し上げると、僕自身当時のことはほとんど何も知りません。ザスパをサポートしたいと思い、自分なりに行動し始めたのも、ごく最近のことです。

この本を読み終えると、ザスパ草津がどのように誕生し、Jリーグに参入することになったのか、全てとは言わずとも、ある程度は知ることが出来るのではないのでしょうか。

これは、現在の“ザスパクサツ群馬”を知る事にも、きっとつながると思います。

なぜチームのアイデンティティである名前を変えてまで“群馬”に固執するのか?

なぜ観客が減ったのか?

なぜ資金難に陥り、募金に頼らなければいけなかったのか?

なぜ同じ前橋にある他所のサッカークラブから、人材を招聘しなければならなかったのか?

これらの事例は、割と最近の話ではありますが、もし悶々としたものを抱えているのであれば、この本に自己解決の道が隠されているような気がしてなりません。

ただし、“正解”はこれから探さなければいけないし、いつまでたっても見つからないようなものじゃないかと思いますが……。






◆著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

辻谷 秋人
スポーツ・ジャーナリスト。1961年群馬県生まれ。競馬専門誌『優駿』等の雑誌編集者を経て独立。小学校二年時まで草津町に在住していたこともあり、ザスパ草津のJFL昇格が決定した2003年暮れからほぼ全ての試合を観戦、チーム関係者やサポーターなどへの綿密な取材を継続している








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posted by リーオー at 23:53 | Comment(0) | 本、雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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